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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2388号 判決

控訴人

長谷川大治

右訴訟代理人

真木光夫

右訴訟復代理人

真木幸夫

被控訴人

田村龍株式会社

右代表者

田村圭司

右訴訟代理人

濱秀和

金丸精孝

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴人が昭和二五年四月六日ごろ安田俊行に対し、本件土地を、普通建物所有の目的で、期間は昭和四五年四月六日までの二〇年間と定めて賃貸し、同人が本件土地上に本件建物を所有していたこと、被控訴人が昭和三一年一二月一二日安田俊行から、本件建物を譲り受けてその所有権を取得するとともに、控訴人の承諾を得て本件土地賃借権の譲渡を受けたが、その際控訴人と被控訴人の間で、賃貸借の期間は残存期間である昭和四五年四月六日までとする旨を約定したこと、右賃貸借期間の満了後も被控訴人が本件土地の使用を継続していることは、当事者間に争いがない。

控訴人は、被控訴人による本件土地の使用継続に対し遅滞なく異議を述べた旨主張するので、判断する。控訴人が被控訴人に対し昭和四四年二月二七日到着の書面をもつて、賃貸借期間満了後直ちに本件土地を明け渡すよう申し入れたことは、当事者間に争いがなく、当審における控訴人本人の供述に弁論の全趣旨を合わせると、控訴人は賃貸借期間満了後である昭和四五年四月一〇日ごろ、同人の経営する理髪店舗において、当時被控訴会社の代表者であつた田村龍三に対し口頭で本件土地の明渡しを請求し、その後も再三にわたり同様の請求をするとともに、同年四月末以降賃料の受領を拒否したことが認められ(但し、賃料の受領を拒否した点は、争いがない)、当審における被控訴会社代表者の供述は右認定を覆すに足りず、他に右認定を左右すべき証拠はない。右認定の事実によれば、賃貸借期間満了後における被控訴人の本件土地使用継続に対し、控訴人は遅滞なく異議を述べたというべきである。

判旨そこで、控訴人が前示の異議を述べた当時、本件土地の明渡しを求めるにつき正当な事由を有したかどうかについて、判断する。

〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  控訴人は本件土地の南側に隣接する宅地上に二階建店舗兼居宅を所有し、永年にわたり、同建物に居住して理髪業を営んでいるが、右宅地の面積は狭小であるので、一階店舗は理髪用椅子を五脚置く程度の広さしかなく、二階居宅も六畳間が三室あるだけで、控訴人夫婦が居住するほかに、従業員のため十分な宿舎を供与するだけの余裕がなく、更に、控訴人は東京都杉並区松庵(西荻窪)の同人所有家屋に居住する老齢・病身の両親を引き取ることを望んでいるが、前示自宅の現況ではそれも著しく困難である。そのような事情により、控訴人は、同人所有の前記店舗兼居宅を改築し本件土地上に拡大するため、本件土地を使用する必要がある。

(二)  一方、被控訴人は建築用金物等の卸売業を営む資本金一五〇〇万円の株式会社であつて、右営業の性質上、多種類かつ相当多量の商品を常時手近に取り揃えておく必要があるが、同会社の店舗(本店)は事務所部分を含めて17.5坪(57.85平方メートル)しかなく、そのうち商品の置ける部分は約一〇坪(33.05平方メートル)で極めて狭隘である。そのため、被控訴人は、右本店から約七〇メートルの至近距離にある本件建物を、同社の主要な商品保管場所として従来から使用しており、これを失うことは同社の営業の遂行に重大な支障があり、新たに本件建物と同等又はこれに準ずる施設を取得することも困難な状況にある。

(三)  本件土地の賃料は、被控訴人が賃借人となつた以後何回か増額されているが、賃料増額については、控訴人がその申入れをしても容易に被控訴人の承諾を得られなかつたことが多く、昭和四〇年八月ごろ再三の交渉の末賃料月額を六八五〇円に改定した後は、賃料増額は行われていない。

また、被控訴人所有の本件建物と控訴人所有の前記建物(店舗兼居宅)とは、極めて狭い間隔で隣接して建てられているところ、昭和三八年ごろから、老朽化した本件建物の雨樋の水が控訴人所有建物の方に流入したり、本件建物が控訴人所有建物の雨樋に接触してこれを破損したりしたが、控訴人からその修理等につき協力を求めたのに対し、被控訴人は、修理業者を紹介しただけで、格別の協力をしなかつた。

なお、控訴人は、被控訴人が本件土地賃借権の譲受につき控訴人の承諾を得た際、期間満了時に必ず本件建物を収去して本件土地を明け渡すことを約した旨主張するが、原審における控訴人本人の供述中右主張に沿う部分は、〈証拠〉に照らして採用し難く、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

以上の事実に徴すると、被控訴人はその事業の遂行上本件土地を継続使用する相当高度の必要性があり、その必要性は、控訴人の側における本件土地使用の必要性にまさるものというべく、前示(三)で認定した被控訴人の態度が同人に対する控訴人の信頼感を減殺するものであることは否定しえないけれども、賃借人としての信義に反し賃貸人との間の信頼関係を破壊するとまではいうことができないから、前示(三)の事情を合わせ考慮しても、控訴人が被控訴人による本件土地の使用継続に異議を述べるにつき正当な事由を有したと認めることはできない。

さすれば、本件賃貸借契約は前示存続期間の満了後更に二〇年(昭和六五年四月六日まで)の期間法定更新されたものである。

二控訴人は、被控訴人が特約に違反して本件建物につき無断で大修繕をしたから、これを理由に本件賃貸借契約を解除した旨主張するので、検討する。

被控訴人が昭和五〇年八月二三日ごろ本件建物の土台部分を補修したこと、控訴人が同年一〇月一日の当審第七回口頭弁論期日において被控訴人に対し、控訴人主張の解除の意思表示をしたことは、当事者間に争いがなく、〈証拠〉によると、昭和三一年一二月一二日控訴人と被控訴人の間で、本件賃貸借における特約として、賃借人が賃借地内の建物の増改築又は大修繕をするときは賃貸人の承諾を受けることを要し、賃借人がこれに違背したときは、賃貸人は催告を要しないで本件賃貸借契約を解除できる旨の約定がなされたことが認められる。しかし、被控訴人のした工事の具体的内容について、当審における被控訴会社代表者の供述及び弁論の全趣旨によると、右工事は、本件土地の地盤が軟弱のため一部低下し、建物が傾いたので、その下がつた分の土台を継ぎ足して建物の傾斜を直し、その他補修のため若干の補強金物を取り付けたものであることが認められるが、右に認定した以上に、本件建物の現状に重要な変更をもたらすような大規模の工事が行われたことを認めるべき証拠はない。してみると、被控訴人のした工事は本件建物の保全上必要な限度の工事にすぎず、これをもつて前示特約にいう大修繕に該当するものとすることはできないから、同特約違背を理由とする解除の主張は採用し難い。

三次に、控訴人は、被控訴人の著しい背信行為を理由に、昭和五六年四月二二日の当審第五四回口頭弁論期日において被控訴人に対し本件賃貸借契約の解除の意思表示をした旨主張し、右意思表示がなされたことは当事者間に争いがない。しかし、控訴人が右解除の理由とする被控訴人の行為のうち、本件建物の修繕の点は、前記二で説示したように建物の保全に必要な限度内の工事であつて、格別の不信行為ということはできず、また、賃料増額や雨樋の修繕等についての非協力の点も、前叙一の(三)で認定した事実をもつて直ちに賃貸借における信頼関係を破壊するとまでいうことはできない。従つて、控訴人の前記解除の主張も採用し難い。

四よつて、控訴人の請求は失当であつて棄却を免れず、これと同旨の原判決は正当であり、本件控訴は理由がないから民訴法三八四条に従いこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(園部秀信 村岡二郎 宇野榮一郎)

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